第7章 ベクトル

ベクトルの1次独立と分解
─ なぜ係数が「一意に決まる」のか

平面上の任意のベクトルは、平行でない2つのベクトルの組み合わせで表せます。しかもその表し方はただ一通りです。この「分解の一意性」を保証するのが1次独立という概念です。ベクトルの係数比較法の数学的根拠であり、図形問題の解法の要となる重要な理論を丁寧に学びましょう。

11次独立と1次従属 ─ 定義と幾何学的意味

2つのベクトル $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ があるとき、それらが「本質的に異なる方向を向いている」かどうかを判定する概念が1次独立1次従属です。

📐 1次独立・1次従属の定義

$\vec{e}_1 \neq \vec{0}$, $\vec{e}_2 \neq \vec{0}$ のとき:

1次独立:$s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2 = \vec{0} \;\Rightarrow\; s = t = 0$

1次従属:$s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2 = \vec{0}$ を満たす $(s, t) \neq (0, 0)$ が存在する

※ 1次従属は「一方が他方の実数倍」つまり $\vec{e}_1 \parallel \vec{e}_2$ と同値です。

💡 ここが本質:1次独立 $=$ 平行でない $=$ 2方向を持つ

平面上の零でない2つのベクトルについて、次の3つは同値です:

(1) $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ は1次独立

(2) $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ は平行でない

(3) $\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ で平面上の任意のベクトルを表せる

つまり「平行でない」という幾何学的条件と、「任意のベクトルが表せる」という代数的条件が、1次独立を介してつながっているのです。

直感的に言えば、1次独立な2ベクトルは「平面内の2つの独立な方向」を指し示しています。地図でいえば「東」と「北」のような関係です。この2方向があれば、どの方向にでも行けます。一方、1次従属は「東」と「東北東」のように一方が他方で表せてしまう(一方向しかカバーできない)状態です。

⚠️ 落とし穴:直交でなくても1次独立

✗ 誤:$\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ が1次独立 $=$ $\vec{e}_1 \perp \vec{e}_2$(直交)

○ 正:1次独立は「平行でない」だけで十分。直交は不要

$(1, 0)$ と $(1, 1)$ は直交していませんが、平行でもないので1次独立です。直交は1次独立の十分条件であって必要条件ではありません。

⚠️ 落とし穴:零ベクトルを含む場合

✗ 誤:$\vec{e}_1 = \vec{0}$ と $\vec{e}_2 = (1, 0)$ は1次独立

○ 正:$\vec{0}$ を含む組は常に1次従属($1 \cdot \vec{0} + 0 \cdot \vec{e}_2 = \vec{0}$)

零ベクトルはどんなベクトルとも「平行」とみなせるため、1次独立にはなりません。1次独立を議論する際は、両方とも零ベクトルでないことが前提です。

2平面ベクトルの分解 ─ なぜ「2本」で十分なのか

平面上の任意のベクトル $\vec{v}$ は、1次独立な $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ を用いて $\vec{v} = s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2$ と表せます。この操作をベクトルの分解と呼びます。

📐 平面ベクトルの分解定理

$\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ が1次独立(平行でない零でないベクトル)のとき、

平面上の任意のベクトル $\vec{v}$ は次の形にただ一通りに表せる:

$$\vec{v} = s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2 \quad (s, t \text{ は実数})$$

※ $s$, $t$ はベクトル $\vec{v}$, $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ によって一意に定まります。

なぜ2本で十分なのでしょうか。平面は「2次元」の空間です。2次元とは「独立な方向が2つある」ということです。1次独立な2ベクトルがまさに「2つの独立な方向」を提供するため、その組み合わせで平面上のどこにでも到達できるのです。

💡 ここが本質:「次元」と「基底の本数」は一致する

平面が2次元であるという事実は、ベクトルの言葉では「1次独立なベクトルの最大本数が2である」ことと同義です。

直線上(1次元)なら1本のベクトルですべてが表せ、空間(3次元)なら3本必要です。1次独立なベクトルの組を基底と呼び、その本数が空間の次元を決定します。

成分表示は基底 $\vec{e}_1 = (1, 0)$, $\vec{e}_2 = (0, 1)$ の分解

実は日頃使っている成分表示 $\vec{v} = (a, b)$ は、$\vec{v} = a(1, 0) + b(0, 1) = a\vec{e}_1 + b\vec{e}_2$ という分解を標準基底 $\vec{e}_1 = (1, 0)$, $\vec{e}_2 = (0, 1)$ で行ったものに他なりません。成分の値は「どの基底で分解するか」に依存して変わります。

🔬 深掘り:基底変換と線形代数

大学数学の線形代数では、基底を取り替える操作(基底変換)が中心的な役割を果たします。高校で学ぶ「成分表示」は標準基底による分解であり、別の1次独立な組 $\{\vec{f}_1, \vec{f}_2\}$ を基底に選べば同じベクトルでも異なる成分を持ちます。問題に適した基底を選ぶことで計算が劇的に簡単になることがあり、これが線形代数の力です。

3分解の一意性 ─ 係数はただ一通り

分解定理で最も重要なのは「ただ一通り」の部分です。同じベクトル $\vec{v}$ に対して、$\vec{v} = s_1\vec{e}_1 + t_1\vec{e}_2 = s_2\vec{e}_1 + t_2\vec{e}_2$ が成り立つなら、必ず $s_1 = s_2$, $t_1 = t_2$ となります。

▷ 分解の一意性の証明

$\vec{v} = s_1\vec{e}_1 + t_1\vec{e}_2 = s_2\vec{e}_1 + t_2\vec{e}_2$ とすると:

$(s_1 - s_2)\vec{e}_1 + (t_1 - t_2)\vec{e}_2 = \vec{0}$

$\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ は1次独立なので、$s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2 = \vec{0} \Rightarrow s = t = 0$ より:

$s_1 - s_2 = 0$ かつ $t_1 - t_2 = 0$

よって $s_1 = s_2$, $t_1 = t_2$。分解は一意です。□

💡 ここが本質:一意性こそが「係数比較法」の根拠

$s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2 = s'\vec{e}_1 + t'\vec{e}_2$ ならば $s = s'$, $t = t'$。この一意性があるからこそ、2つのベクトル表現の係数を比較して等式を得る「係数比較法」が正当化されます。

もし分解が一意でなければ、$\vec{e}_1$ の係数が異なる2つの表現が存在し、係数を比較しても何も言えません。1次独立の概念は、係数比較法という解法テクニックの理論的基盤なのです。

⚠️ 落とし穴:1次従属なベクトルでは係数比較ができない

✗ 誤:$\vec{a} = (2, 4)$, $\vec{b} = (1, 2)$(平行)を基底として係数比較する

○ 正:$\vec{a} = 2\vec{b}$ なので1次従属。これでは平面のベクトルを一意に分解できず、係数比較法は使えない

係数比較法を使う前に、使っている2ベクトルが1次独立(平行でない)ことを必ず確認しましょう。入試の解答では「$\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ は1次独立なので」と一言添えることが望ましいです。

4係数比較法 ─ 1次独立が生む最強の解法

係数比較法は、ベクトルの図形問題における最も汎用的な解法です。その原理を整理しましょう。

係数比較法の手順

Step 1: 1次独立な2ベクトル $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ を基底に選ぶ。

Step 2: 求めたい量を $s\vec{e}_1 + t\vec{e}_2$ の形で2通りに表す。

Step 3: 1次独立性から $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ の係数をそれぞれ比較し、$s$, $t$ の連立方程式を得る。

Step 4: 連立方程式を解いて $s$, $t$ を求める。

典型的な使い方 ── 3点の共線条件

3点 $\text{O}$, $\text{A}$, $\text{B}$ が一直線上にある条件を、係数比較法で扱います。

$\overrightarrow{\text{OA}} = \vec{a}$, $\overrightarrow{\text{OB}} = \vec{b}$ が1次独立のとき、点 $\text{P}$ が直線 $\text{AB}$ 上にある条件は:

$$\overrightarrow{\text{OP}} = s\vec{a} + t\vec{b} \quad (s + t = 1)$$

この「$s + t = 1$」が直線上の条件であり、$s, t > 0$ ならば $\text{P}$ は線分 $\text{AB}$ 上にあります。

📐 係数比較法の基本パターン

$\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ が1次独立のとき、$\alpha\vec{e}_1 + \beta\vec{e}_2 = \gamma\vec{e}_1 + \delta\vec{e}_2$ ならば:

$$\alpha = \gamma \quad \text{かつ} \quad \beta = \delta$$

※ これが「係数比較」です。2つの等式が同時に得られるため、未知数が2つまでなら解けます。

⚠️ 落とし穴:$\vec{a}$, $\vec{b}$, $\vec{c}$ の3つで係数比較しようとする

✗ 誤:$\alpha\vec{a} + \beta\vec{b} + \gamma\vec{c} = \alpha'\vec{a} + \beta'\vec{b} + \gamma'\vec{c}$ から3組の等式を得る

○ 正:平面上の3ベクトルは必ず1次従属なので、独立な等式は2つ。ただし $\vec{a}$, $\vec{b}$, $\vec{c}$ の係数の和が両辺で等しい場合(位置ベクトルの場合)は3つ比較できる

平面上では1次独立なベクトルは最大2本です。3本のベクトルの係数比較は、追加条件(係数の和 $= 1$ など)がある場合のみ有効です。

🔬 深掘り:係数比較法と連立1次方程式

係数比較法で得られる連立方程式は、大学数学では連立1次方程式(線形方程式系)として統一的に扱われます。行列とガウスの消去法を使えば、未知数がいくつあっても系統的に解けます。高校のベクトルの係数比較は、線形代数への自然な入り口なのです。

51次独立の判定と応用パターン

1次独立の判定法

2つのベクトル $\vec{e}_1 = (a_1, a_2)$, $\vec{e}_2 = (b_1, b_2)$ が1次独立かどうかは、次の行列式で判定できます:

📐 1次独立の判定条件

$$\vec{e}_1 \text{ と } \vec{e}_2 \text{ が1次独立} \quad \Leftrightarrow \quad a_1 b_2 - a_2 b_1 \neq 0$$

※ $a_1 b_2 - a_2 b_1 = 0$ のとき1次従属(平行)。この量は三角形の面積公式 $S = \frac{1}{2}|a_1 b_2 - a_2 b_1|$ にも登場します。面積 $= 0$ は3点が一直線上(= 2ベクトルが平行)を意味します。

応用パターン整理

パターン方針キーポイント
交点の位置ベクトル2直線上のパラメータ表示を等置$\vec{a}$, $\vec{b}$ の係数比較で連立
共線条件$\vec{p} = s\vec{a} + t\vec{b}$, $s+t=1$係数の和 $= 1$
三角形の内部の点$\vec{p} = s\vec{a} + t\vec{b} + u\vec{c}$, $s+t+u=1$$s, t, u > 0$
等式の証明両辺を同じ基底で分解係数を比較して恒等的に成立を示す
💡 ここが本質:係数比較法は「翻訳」である

係数比較法の本質は、ベクトルの等式を実数の等式に「翻訳」することです。ベクトルの等式1つから、実数の等式が2つ(平面の場合)得られます。これにより、幾何学の問題が代数の連立方程式に変換され、計算で解けるようになります。

この「幾何→代数」の翻訳こそがベクトルの最大の武器であり、デカルトが座標を発明して以来の数学の伝統に連なるものです。

⚠️ 落とし穴:「1次独立なので」を省略しない

✗ 誤:いきなり $\vec{a}$ の係数と $\vec{b}$ の係数を比較して等式を立てる

○ 正:「$\vec{a}$ と $\vec{b}$ は1次独立であるから、係数を比較して…」と明記する

入試の記述答案では、係数比較を行う根拠として「1次独立」を明記しましょう。$\vec{a}$, $\vec{b}$ が平行でないことが明らかな場合でも、一言添えることで論理が明確になります。

🔬 深掘り:3次元への拡張と行列式

空間ベクトル(3次元)では、3本のベクトル $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$, $\vec{e}_3$ の1次独立性が問題になります。判定条件は $3 \times 3$ の行列式 $\neq 0$ です。行列式は面積(2次元)や体積(3次元)の一般化であり、行列式が $0$ であることは「つぶれて次元が下がる」ことを意味します。

まとめ

✅ 確認テスト

Q1. $\vec{e}_1 = (3, 1)$, $\vec{e}_2 = (1, 2)$ は1次独立か?

▶ 答えを見る
$3 \cdot 2 - 1 \cdot 1 = 5 \neq 0$ なので1次独立です。

Q2. $\vec{a} = (2, -6)$, $\vec{b} = (-1, 3)$ は1次独立か1次従属か?

▶ 答えを見る
$2 \cdot 3 - (-6) \cdot (-1) = 6 - 6 = 0$ なので1次従属です。実際 $\vec{a} = -2\vec{b}$ で平行です。

Q3. 1次独立な $\vec{e}_1$, $\vec{e}_2$ に対し、$3\vec{e}_1 + 2\vec{e}_2 = a\vec{e}_1 + b\vec{e}_2$ ならば $a, b$ は?

▶ 答えを見る
$a = 3$, $b = 2$。1次独立性により係数は一意に定まります(係数比較法)。

Q4. 平面上の1次独立なベクトルの最大本数は?空間(3次元)ではいくつか?

▶ 答えを見る
平面では最大2本、空間では最大3本。これがそれぞれの次元に対応します。

Q5. 係数比較法を使うとき、答案に必ず書くべき一言は?

▶ 答えを見る
「$\vec{e}_1$ と $\vec{e}_2$ は1次独立であるから」(係数比較の根拠を明記する)

入試問題演習

問題 1 LEVEL A 1次独立×分解

$\vec{a} = (2, 1)$, $\vec{b} = (1, 3)$ のとき、$\vec{v} = (7, 11)$ を $\vec{v} = s\vec{a} + t\vec{b}$ の形に分解せよ。

▶ 解答を表示
解答

$2 \cdot 3 - 1 \cdot 1 = 5 \neq 0$ なので $\vec{a}$, $\vec{b}$ は1次独立であり、分解は可能です。

$s\vec{a} + t\vec{b} = s(2, 1) + t(1, 3) = (2s + t,\; s + 3t) = (7, 11)$

$2s + t = 7$ … (i)

$s + 3t = 11$ … (ii)

(i) $\times 3$:$6s + 3t = 21$

(i)$\times 3$ $-$ (ii):$5s = 10$ より $s = 2$。(i) に代入して $t = 3$。

$$\vec{v} = 2\vec{a} + 3\vec{b}$$

解説

方針:ベクトルの成分計算を丁寧に行う。

採点ポイント
  • 1次独立の確認 … 2点
  • 連立方程式の設定 … 3点
  • $s = 2$, $t = 3$ の導出 … 3点
  • 検算 … 2点